愛媛県 松山市
『坂の上の雲』のまち再生計画

 松山市では平成11年度から小説『坂の上の雲』を題材にしたまちづくりに取り組んでおり、その具現化の手法として「『坂の上の雲』フィールドミュージアム構想」を掲げて観光を主体とした交流人口を年間500万人(平成16年度)から600万人(平成19年度)に拡大させることを目指している。その構想の取り組みをより確実に実現させるため、下水道補助対象施設の観光客用駐車場への目的外使用や、観光・交通などの案内情報発信施設の整備、日本政策投資銀行の低利融資制度の活用など、そのほか様々な地域再生支援措置を総合的に活用して、まちの魅力や機能の向上、地域経済の活性化を図ろうとしている。

1. 地域再生計画策定について

(1) 地域再生計画事業内容

 松山市は、愛媛県のほぼ中心に位置する人口約51万人を有する中核市であり、四国最大の都市である。
 平成11年度より正岡子規、秋山好古、秋山真之の松山出身の主人公が登場する小説『坂の上の雲』を題材にしたまちづくりに取り組んでいる。その具現化の手法として「『坂の上の雲』フィールドミュージアム構想」を掲げ、小説ゆかりの地や歴史・文化・自然などの地域にある有形無形の財産を再認識し、それらを有機的に結びながらまち全体を一つの博物館として捉えて、回遊性・物語性のあるまちを創り出そうとしている。

  「『坂の上の雲』のまち再生計画」は、この構想をより一層推進させようとするもので、都市基盤の最大限の活用、土地や施設の有効利用、規制の緩和などさまざまな支援措置を活用して魅力のある個性的なまちづくりを展開し、市の持続的な発展と地域経済の活性化を目指すものである。

 市の現状は、愛媛県全体の約3分の1の人口を占めており、平成17年度国勢調査速報値において前回調査比1.3%増と微増傾向にある。一方、交流人口は、年間約500万人を突破した平成14年から年々減少しており、それに伴う宿泊者数の減少により宿泊代・土産物代などの消費額についても減少している。(図1)

 しかしながら、平成15年1月にNHKスペシャル大河ドラマとして『坂の上の雲』の放映(平成19年度以降)が決定され、松山を全国的にPRし、多くの観光客誘致が期待できることから市の交流人口増加に強い追い風が吹いている。
そこで、この地域再生計画の目標としては、計画終了の平成19年度において松山市を訪れる観光客を主体とした交流人口を600万人と設定している。

 その目標を達成するための具体的支援措置の取り組みとしては、日本政策投資銀行の低利融資・下水道補助対象施設の目的外使用の活用によるコンベンション機能の強化・駐車場の確保など観光客増加に伴う受け皿整備や、まちづくり交付金の活用による道路のバリアフリー化・景観整備、市民・観光客が交流できる拠点整備(「『坂の上の雲』記念館(仮称)」建設)、さらには情報発信施設整備(「まちかど案内情報発信事業」)など、まちのにぎわいを創出させることを目的としたハード面の整備を実施している。

 なかでも、「まちかど案内情報発信事業」は市内に敷設した3,000kmの光ケーブルを活用し、まちなかの道路や施設、広場に設置された情報発信施設から、「坂の上の雲」フィールドミュージアムの地域資源をはじめ、暮らしや観光案内、さらには、企業広告などの官・民の総合案内情報を発信する全国で初めての取り組みであり、複数の支援措置(まちづくり交付金・道路占有における「市町村ルール」の導入・良好な景観形成の推進など)を有効に活用しようとしている。
 そのため、各関係機関の理解と協力が必要不可欠であり、市・総務省・経済産業省・国土交通省・県・県警・民間事業者(西日本電信電話、叶シ日本高速道路梶jなどでつくる特定地域支援プロジェクトチーム(『坂の上の雲』のまち再生計画プロジェクトチーム)を組織し、事業推進にあたっている。

 松山市では、その他にも道路使用や占有許可の弾力化などの支援措置を活用して集客イベント等を行い、市民や観光客に対するまちの魅力を高めることで、より一層のコンベンションの誘致にもつなげ、交流人口を増大させて、消費の拡大や雇用の創出による地域経済の活性化を図り、地域再生計画の目標の実現を目指している。

(2) 計画策定のプロセス

 『坂の上の雲』のまちづくりへの取り組みは平成12年3月に策定された基本構想をもとに「『坂の上の雲』フィールドミュージアム構想」が打ち出され、平成13年3月には構想の実現に向けた基本計画を策定した。この基本計画により「『坂の上の雲』記念館(仮称)」など構想の核となる施設の整備に向けた取り組みが具体的に始まった。

 また、平成14年度にはこの特色あるまちづくりが全国都市再生のケーススタディに選定され、続いて平成15年度には、現在のまちづくり交付金の前身となるまちづくり総合支援事業において、『坂の上の雲』フィールドミュージアムの具現化による都市観光の振興を図り、「市民生活の質の向上」と「地域経済・社会の活性化」を目指すといった松山市中心部の都市再生整備計画の策定を進めていたが、平成16年にまちづくり交付金として様変わりし、ハード事業だけでなくソフト事業も絡めた同計画で、同交付金を活用することとなった。

 同じく平成16年度より、まちづくり交付金をはじめ、日本政策投資銀行の低利融資や規制緩和の支援措置等が盛り込まれた地域再生制度も立ち上がり、知恵と工夫による魅力と個性のある地域主体のまちづくりを充実させる事業展開が可能となった。

(3) 計画策定にあたっての組織体制

 『坂の上の雲』のまち再生計画策定にあたっては、助役や幹部職員5名からなる研究会があり、その下に地域経済課、坂の上の雲まちづくり担当部長付、都市政策課、財政課、行政改革推進課、企画政策課の職員11名から成るプロジェクトチームが組織された。

 計画作成手法としては、まず決定された支援プログラムを各課へ周知し、対応可能な措置を各課で提案させる一方で、プロジェクトチームでは全体的な見地から取り組むべき事業の選択を行い、研究会と協議して進めた。

 平成17年4月には企画政策課内に特区、地域再生及び都市再生に関する事務を所管する「地域戦略担当(3人体制)」が設置された。同年6月、『坂の上の雲』のまちづくりや本地域再生計画における特色ある取り組みが評価され、担当部署内の職員が市町村レベルでは初めて「地域再生伝道師」に任命されている。


まちかど案内情報発信施設

 

2. 地域再生計画実施について

(1) 進捗度(評価手法)

  『坂の上の雲』のまち再生計画では、計画の実施が地域に及ぼす経済的効果として、観光客を主体とした交流人口の増加による地域経済の活性化を挙げている。具体的な数値指標としては、計画の最終年度までに年間600万人の交流人口を達成することにより発生する経済効果額を約1,040億円、誘発雇用者数を約10,000人と見込んでいる。
 その内容としては、平成19年度までに実施される新規施策(ITビジネスモデル事業・企業誘致事業・建設事業など)や関連する民間投資などを勘案したものである。

 また、交流人口の把握方法は、松山市観光客推定方法を用いて、各交通機関(JR,船舶、航空、バス等)の利用者(降客)数、各観光施設(道後温泉、松山城郭、松山城ロープウェイ・リフト、松山市立子規記念博物館等)の入場・利用者数及び道後温泉周辺ホテル・旅館並びに市内主要ホテル・旅館の宿泊状況や関係データを総合し、入込観光客数を推定、暦年集計することとしている。また、観光客推定消費額については宿泊代、土産代、雑費から計算し推計することとしている。

 平成16年度は、松山城の改修などの影響から観光客などの交流人口は前年より10万人減となっているが、現在は計画に盛り込まれている施設整備(松山城下の道路整備、「『坂の上の雲』記念館(仮称)」建設、まちかど案内情報発信施設など)を進めている段階であり、また計画に搭載しているイベント等も実施していないことから、現段階での評価は困難である。

(2) 効果(メリット・デメリット)

 地域再生計画を策定する際に、「『坂の上の雲』フィールドミュージアム構想」の具現化を図ることを念頭に置き、さまざまな部署のメンバーからなるプロジェクトチームを核として、松山市における現状や課題、法的制約、方向性を共有しながら政策立案することで、部署の枠の壁を越えた、職員の意識を変えることが可能となった。

 加えて『坂の上の雲』のまちづくりにおいて、地域再生計画内に具体的な数値目標を設定することで、職員が共通の目標を持つ事ができ、事業をより一層推し進めることが可能となっている。

 その他具体的な波及効果としては、地域再生計画を作ったことで『坂の上の雲』のまちづくりに対して、全国的なのネームバリューが生まれて、視察も多くなっていることが挙げられる。また、市レベルでの地域再生伝道師がいることによって、市町村アカデミーの講師として招かれたり、雑誌に掲載されるなど広告塔として、松山市の地域再生計画への取り組みを全国へ情報発信しており、市の地域再生計画のPR効果に大きく寄与している。

 

3. 支援措置について

【日本政策投資銀行の低利融資】 

 平成16年9月に日本政策投資銀行の地域再生法に基づく融資の第一号として、『坂の上の雲』のまちづくりにおけるセンターゾーンに位置する松山全日空ホテル(松山総合開発梶jの設備投資のため、伊予銀行と協調して2億円の融資が行われた。
 これにより、同ホテルの宴会場の整備や改装が行われており、現在はコンベンション機能が強化され、ビジネス客や講演聴講者などの交流人口の増加に寄与している。


【下水道補助対象施設における目的外使用承認の柔軟化】 

 NHKスペシャル大河ドラマが平成19年度以降に放映され、多くの観光客が松山を訪れることが期待される。そのため、交通渋滞対策として、地元交通機関との連携により、パークアンドライドなどの社会実験等を実施しながら、受け皿を整備する必要がある。そこで、支援措置活用により松山市中央浄化センター用地の一部を観光パークアンドライド駐車場として整備予定である。

 しかし、ドラマ放映までに時間があることや市内中心部の集客メイン施設などが整備中であるため、支援事業は現在のところ進捗していない。


【特定地域プロジェクトチームの活用】

 「『坂の上の雲』のまち再生計画プロジェクトチーム」は、「まちかど案内情報発信事業」を推進するために設置された組織である。市と各関係団体などが1対1で協議して進めていては、事業が捗らなかったことが、行政だけでなく民間事業者も含めたメンバーが一同に会して協議することで、他の支援措置も有効活用しながらスムーズに事業を進める事が可能となっている。まちかど案内情報発信施設は、平成18年度末頃から試験運行を開始し、平成19年度からは本格的に供用開始の予定となっている。


改修後のイベントホール