東京都八王子市
余裕教室の活用によるのびのび子育て支援計画

 学校施設を利用し、公設民営方式で「一小学校区一学童保育所」をめざす八王子市の取り組みは着実に進展。公平性、公開性の高い指定管理者制度の適用もあって、新旧住民の女性就労や保育についての考え方の違いを統合している。的確な「学童保育所整備計画」の先行、それを導いた市長の政治的判断と組織指揮が大きい役割を果たした。

1. 地域特性と再生計画

 八王子市はいまも区部からの人口増加が続いている。この10年間の人口増加は毎年1%前後であり、三多摩地区で最大、全国22位の53万人となった。これとともに、江戸時代以来の独立性、地域性の強い地方都市から、ベッドタウン色の強い地域へ急速に変貌を見せている。

 それまで、子どもの面倒を見るのは母親という意識、親戚一族のなかで育つ社会だったため、子育て関連の制度準備が遅れてきた。これに対して、都心地区から、ローコストの学童保育サービス提供を当然と考える共稼ぎ世帯、先進的意識の若年夫婦が大量に流入し、社会意識の変化と分裂が生じた。

 これに対する黒須隆一現市長(都議から出馬)の目玉公約が、「一小学校区一学童保育所(全学区設置)」であった。同市長はまた「都市経営の視点でのまちづくり」を強調して当選した。これが公設民営方式につながり、平成13年度に「学童保育所整備計画」がスタートすることになった。

(2) 地域再生計画の事業内容

 八王子市の再生プランは、住民との協働による子育てしやすい地域社会の再構築をめざしている。その具体策として、学校の余裕教室を利用した効率的な学童保育所の設置、安全な場所での保育サービスの提供を上げている。

 同時に、この学童保育所の管理運営については指定管理者制度を適用し、公設民営によって事業展開を図るものとなっている。

(3) 計画策定のプロセス

 計画の前提には、学童保育所の「一小学校区一学童保育所」という政治的公約とそれに基づく市独自計画「学童保育所整備計画」の平成13年度からのスタートがあった。この計画は、それまでの独立的な地方都市の社会意識のもとで遅れてきた制度整備と、学童保育サービスなどの提供を当然のものとして求める流入共稼ぎ層のニーズ噴出に対する、政治の回答であった。また、保守系都議から転じた市長として、財政制約に対し節約路線を敷いたことも前提になった。

 しかし、その後16年時点でも、70小学校に対して公設学童保育所は46にとどまった。また、一方で不足を補う民設民営の「自主学童クラブ」は、施設や設備の不備や劣悪さ、保護者の過重負担が問題となっていた。

 再生計画はこうした状況を受け、「学童保育所整備計画」を国が裏打ちする役割を果たした。再生計画の柱は、学童保育への学校施設利用と民間(市民)運営という公設民営への集約である。このなかで、民設民営「学童クラブ」の公設化も追求されている。これは既存施設の活用と民間活力利用の両面でコストを重視しながら、施設、設備水準を大きく引き上げる事業展開である。

 学校施設の利用によって、低学年児童の移動動線は少なくなり、安全性が確認されている登校路に集約される。また、新規整備と異なり、財政負担は大変小さい。民設民営「学童クラブ」に比べ、公設化によって施設、設備条件ははるかに改善される。

 この計画の基本線には、「都市経営の視点によるまちづくり」を掲げた市長の政策判断、速やかに「全学区設置」の達成をめざす政治的意志、そして、教育分野と福祉分野の縦割りを超える市長の強い組織指揮権の発動が作用している。


2. 地域再生計画の実施

(1) 進捗度(評価)

 八王子市の再生プランでは、ベンチマークする事前の評価基準として、第一に、最大2,676世帯の就労支援、第二に、指定管理者制度活用による指導員等の雇用創出で245名の雇用増大、第三に、学童保育所の設置による調弁や物品購入による地域経済への持続的波及効果を挙げている。

 再生計画のスタートから間もないが、「学童保育所整備計画」が先行していたことから、学校施設利用による学童保育所設置や指定管理者制度導入は順調に進んでいる。就労支援や経済波及の効果を正確に測定することは難しいが、計画は着実に効果を上げている。

 平成18年度募集段階では、新たに4つの学童保育所が開設され、69小学校区に対してすでに54学童保育所となった。うち15が小学校施設利用である。指定管理者制度も順次導入されており、平成18年度新開設の4学童保育所の場合、いずれも17年7〜8月に募集、10月まで書類審査とプレゼン審査が行われた。

(2) 効果(メリット・デメリット)

 学童保育所が小学校施設内、低学年児童にとってもっとも安全な場所、安全な移動動線のなかで着実に増加している。そのことが地域社会に与える安心効果は大きい。父母にとっても、学童保育の空白が埋められ、民設民営「学童クラブ」に比べ施設、設備水準が向上して満足感を与えている。ただし、児童にとって、学校生活との意識的区分けが難しくなる可能性は残る。

 民設民営「学童クラブ」の場合、必ずしも本位でない運営からの撤退もある。これも、指定管理者制度が導入されたことで、それまでの「学童クラブ」経営グループにも応募チャンスが開かれた。

 首都圏でありオープンな募集によって民間教育産業からの参入もあるため、自主経営の父母グループが指定を得ることは容易ではない。だが、外部学識者を含むプレゼン審査が導入され、公開性、公平性が保たれたことで、反発は比較的小さく押さえられた。実際、それまでの自主経営グループがNPO法人格を取得し、審査を通過して管理者指定を受けた例も生まれた。

 さらに、学校に学童保育所が併設されたことで、学校教育の現場と保育(福祉活動)の現場運営NPOなどが、父母を通じて協力、協働を始めている。

(3) 地域資源の活用

 八王子市でも、少子化によって児童数は減少し、空き教室が生まれているが、一方では女性就労の増加で学童保育のニーズは高まっている。低学年児童の放課後の安全確保という意味でも、公共施設の有効活用の効果は大きい。

 首都圏であることから、保育、教育の専門組織や、ボランティア的活動を担う組織や人材は豊富である。公設民営による学童保育所の速やかな増設と、指定管理者制度の適用は、これらの能力を効果的に吸収する方策になっている。民設民営の「自主学童クラブ」運営グループの熱意や活動蓄積も、ただちに切り捨てられてはいない。

 

3. 支援措置について

 八王子市の再生計画では、支援措置の比重は大きくない。「学童保育所整備計画」が平成13年度からすでにスタートしており、支援措置は「補助金で整備された公立学校の廃校校舎等の転用の弾力化」だけである。また、その具体的な適用は、特殊なハードルのあった市立楢原小学校の空き教室利用一件のみである。同校は、14年度に文部科学省の耐震補強補助金を受けて間もないため、制度上は一部補助金の返還が必要であった。これを地域再生計画認定で超えることが可能になった。

 八王子市の再生計画では、支援措置が実質的、事業量的な推進に大きく役立ったというのではない。むしろ、推進されていた「全学区設置」のあい路突破に役立ったシンボリックなものであった。もちろんそれは、事業推進、活性化への地域機運を支援措置で促進するという点では、地域再生計画の趣旨に即したものであった。